沖縄語(しまくとぅば)を学習していく上で、避けては通れない「発音・発声」の問題があります。
例えば、次のことばを見てみましょう。
- 「わー(waa)」=「私の」
- 「ʔわー(ʔwaa)」=「豚」
どちらも平仮名だけで書けば「わー」という表現になりますが、発音の仕方によって「私の」を意味することも「豚」を意味することもあるのです。
※本記事では首里・那覇系統の例を用いています。地域によって語形や発音は異なる場合があります。
文章だけでは違いが分かりにくいため、まずは実際の発音を聞いてみましょう。
グロッタルストップサウンド
この違いを生み出しているのが、「グロッタルストップサウンド(声門閉鎖音・声門破裂音)」です。
言語学では国際音声記号(IPA)で 「ʔ」 と表記され、声門を一瞬閉じて空気の流れを止めたあと、一気に開放することで生まれる音を指します。
日本語では基本的に独立した音として使われないため、普段その存在を意識することはありません。しかし、沖縄語をはじめ世界のさまざまな言語では、このわずかな音の違いが単語の意味を区別する重要な役割を担っています。
しまくとぅばを理解し、受け継いでいくためには、この「聞こえにくい音」の存在を知ることが欠かせないのです。
「声門」とは何か
では、「声門」とはどこにあるのでしょうか。
私たちの喉には左右で一対の「声帯」があり、その間にある隙間を「声門」と呼びます。
普段、私たちが話すときは、肺から送り出された空気がこの声門を通過し、声帯が振動することで声が生まれます。
一方、グロッタルストップでは、左右の声帯が一瞬ぴたりと閉じ、空気の流れが完全に遮断されます。そして、その閉鎖が解除された瞬間に空気が放出されることで、「音が切れたような感覚」が生まれます。
つまり、グロッタルストップは新しい音を付け加えるものではありません。
「一瞬、音を止める」という動作そのものが音として機能しているのです。
実は私たちも毎日使っている
実は、日本語話者も日常生活の中で無意識にグロッタルストップを使っています。
あるいは重い荷物を持ち上げようとして息を止めるとき。
この瞬間、私たちの声門はしっかり閉じています。
つまり、グロッタルストップ自体は決して特別なものではありません。私たちは普段からその発声を行っています。ただ、日本語ではその違いによって単語の意味が変わらないため、意識する機会がないだけなのです。
世界の言語では「一つの子音」
実は、この音は沖縄語だけのものではありません。世界中のさまざまな言語で、意味を区別したり、発音を滑らかにしたりする役割を果たしています。
- ハワイ語「オキナ(ʻ)」
(例)ono:魚の名前、ʻono:おいしい - 英語
(例)uh-oh(あっ、しまった)〔二つの母音の間に声門閉鎖が入る〕
他にも、イギリス英語では button や mountain の t が舌ではなく喉で止められる発音になることも珍しくありません。これは「Tのグロッタル化」と呼ばれ、ごく自然な発音です。
このように、グロッタルストップは決して珍しい音ではなく、人類の言語に広く見られる発音現象の一つなのです。
沖縄語ではなぜグロッタルストップサウンドが重要なのか
沖縄語には、現代の日本語には存在しない音が数多く残されています。そのため、平仮名やカタカナだけでは、本来の発音を完全に表現できない場合があります。
今回紹介した「わー」のように、表記は同じでも、発音が異なれば意味まで変わってしまう例もあります。つまり、文字だけを覚えても、本来のしまくとぅばを身につけたことにはなりません。
しまくとぅばは、本来「話しことば」として受け継がれてきました。だからこそ、音そのものを学ぶことが、言葉を学ぶことにつながっていきます。
「聞こえない音」に耳を澄ませる
現代では、文字を見る機会は増えましたが、音をじっくり聞く機会は以前より少なくなりました。しかし、言語は本来、文字よりも先に「音」として存在していました。
母音や子音だけではなく、息の流れや喉の動き、一瞬の間まで含めて、一つの言葉が形づくられています。グロッタルストップは、そのことを私たちに教えてくれる存在です。
しまくとぅばを学ぶということは、単語の意味を覚えることだけではありません。そこに込められた音の仕組みや、人々が受け継いできた発音に耳を傾けることでもあります。
普段は意識することのない「聞こえない音」に気づいたとき、しまくとぅばは一つの独立した言語としての豊かな姿を見せてくれるでしょう。
